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あつこのマジな日記ページへようこそ!

2005年3月15日 (火)  春が来た

急に温度が10℃も上がって、突然のように、
春が来た。
パリの春は東京とは違って、光の彩に感じるだけで、
温度は10℃だけど、
やっぱり嬉しい春の予感。
2005年3月5日 (土)  一週間

一週間前の土曜日は最後の本番だったなんて、、、
時間が経つのは早いけど、私にとっては一年前のよう。
そして、もう私はこうしてコンピューターに向かって次の構想を
練っている。
ああ、舞台に生きる瞬間のための一万時間よ。
2005年3月4日 (金)  つた姫

今日、写真家の広瀬さんに会って公演の写真を頂いた。
いろいろ参考になるご意見を伺い、メゾンらフィットに帰ってきた。
マイナス7度。
雪降りやまず、春は名のみの風の寒さや。


さあ、この夏あたしはアヴィニヨンに行きたいから、国際交流基金、
脚本作家協会、クリエーター協会、パリ市、フランス国、日本国、
何でもいいから、どなたかにサポートしていただいて、さらに進むのだ。

さあ さらに、飽くなき戦いへ。
2005年3月3日 (木)  嵐のような日々がすぎて

2月22日から26日まで「つた姫」公演を敢行した。
延べ257人のお客様が来てくださった。

私自身5日間毎日上演するのは初めての経験で、そりゃ大変だった。

祭りの後の空しさよ。

ああ、もう次の公演を企画し始めている。

懲りないのね、ホンとに。


来てくださった皆様ありがとう。
2005年2月20日 (日)  さあ あ さあ

http://www.ilyfunet.com/ovni/index.html


OVNI No560 2月15日

●No Opera
〈能オペラ〉という新しいジャンルのスペクタクルが、日本人のソプラノ歌手によって企画された。日本でオペラ歌手として活躍していた真島敦子さん。フランスでもいくつもの舞台に出演し、モリエール劇場で、自作の "No Opera
N。1" を2003年に発表した。その後3シリーズを上演し、好評を得ている。
「日本とフランスの間にかかる虹のような作品を作りたい」と思い、活動を続けている。今回上映の『Aventures erotiques et mysterieuses de la princesse Lierre』は、能楽の「定家」をもとに再構成した創作音楽劇。主人公の「蔦姫」は「フランスの詩歌、歌曲を母に、日本の詩歌、歌曲を父に、その間に生まれた一輪の花」。ヴェルレーヌ、アポリネール、西行、芭蕉、寺山修司、日仏の時代の異なる詩人の作品や山田耕筰、ドビュッシーらの曲で再編成されている。
 真島さん演じる蔦姫、マルク=アントワーヌ・パンジョンのピアノとダニエル・リフェルマンが奏でる尺八。時代を越え、国境をこえた虹色の能オペラが楽しめそうだ。(尚)
22日〜26日/20h30
20e/15e (25歳以下、60歳以上)。
Kiron Espace : 10 rue la Vacquerie 11e
01.4464.1150 www.kiron-espace.com
2005年2月20日 (日)  いざ出陣!

さあ、明日からKIRONの仕込みに入る。火曜の初日が始まるまで、家に帰れないので、皆様、応援しててね。
楽しんできます。
2005年2月19日 (土)  神様、助けて!

2日前の状態では、88名さまの予約確認。

昨日は劇場に行ってないので、最新情報は知らないが、300名さま
が劇場に足を運んでくださいますように。

火曜日からの「つた姫」公演本番。
土曜日まで5日間。


神様、仏様、大勢のお客様がいらしてくださいますように。
2005年2月13日 (dim)  A bientot

A partir du 22 au 26 fevrier, J'aurai les spectacle de No-opera No 1
Aventures erotiques et mysterieuses de la Princesse lierre!

Venez a Kiron Espace 20h 30

Je vous attends!


Reservation 01 44 64 11 50
Kiron Espace 10 rue la Vaquerie 75011 Paris
2005年2月4日 (金)  ああ日々が過ぎてゆく

日本大使館公演が終わってホッとする間もなく、次の「つた姫」公演の
稽古が3日の木曜日から始まった。昨日が一週間前のようでもあり、先週の公演は一年前のようでありながら、毎日は、早回しの映画のように過ぎてゆく。
パリとメゾンらフィットの往復はパリTOKYO 往復にも似て、外国に行くような
気持ち。楽しくちょっとお疲れぎみな毎日だけど、パリの小粋な劇場で公演をはれるなんて、私はやっぱりラッキーガールかも?!
2005年1月29日 (土)  ホッと一息

パリ日本大使館の公演は大好評の内に無事終わりました。
ありがとうございました。
2005年1月23日 (日)  本番3日前

「日本の歌とお話」の本番に向けて準備中。
毎日のように合わせ稽古をしているが、今日はお休み。
さあて、明日はゲネプロがんばるぞお。
カーテン吊りだって、
照明道具吊りだって
何だってやるぞ。
ああ。いつになったら、皆様ご苦労さま。なんて涼しい顔して、
楽屋にすっと入れるようになるの?
2005年1月17日 (月)  一週間が一日のよう

一週間が一日のように過ぎてゆく。
毎日あまりにも忙しくて、風邪を引く暇が無い。
次の本番の準備と、2月のつた姫と、そしてカンパニーの準備と、
毎日の生徒達と。

歳月我を待たず
2005年1月9日 (日)  日曜日の朝

日曜日だけど、芝居の稽古。
今、朝9時。さあ今年も作るぞ!!!
体に力がみなぎってくる。不思議。
浦島、赤鬼、そして衝立の女、
そう、やっぱり自分の作った作品には愛着がある。
本番まで2週間、ここが正念場。
2005年1月7日 (金)  大使館の年賀会

今日、パリ大使館の年賀会に行ってきた。
パリに住んで7年目。
初めてのお呼ばれで緊張した。
私は白い綸子縮緬の訪問着を着ていった。
着物の人は思ったより少なかった。
すごい大勢の人が居て、驚いた。
パリのえらい日本人、在仏10年以上の人、アーチスト、
企業の支店長並びに令夫人。だんだん目が慣れてくると、
顔と服で大体見当が付く。
シラク大統領が住んでるエリゼ宮の並びにある
日本大使公邸は菊の紋章がついてる立派
な建物だった。庭は日本庭園だった。
ああ、やっと日本を動かしてる人達と
一緒にご飯食べるようになった。

さあ私の仕事はこれからだ。
大器晩成あせらずにゆっくりと。
2005年1月4日 (火)  楽しい正月

2日の日も4人のお客さんが来てくださり、3日昨日は仕事始め。
稽古事は2日に始めるとその年伸びるという言い伝えがあるので、
2日から歌い始めた。
うら、だいぶサボったのでリハビリが必要か?

さて、昨日は本を読んだ。田口ランディの「コンセント」すごく面白くて、
一気に読んでしまった。私のやりたい「江口」に通じるものがある。
日本では話題作でしょうか?

年が明けてから、陽の色が日増しに明るくなっている。
気温は2℃でもその色に春の予感を感じる。
2005年1月1日 (月)  御節料理

今日は元旦。
お昼から大勢お客さんがきてくださってうれしい。
御節料理を作った甲斐があるというもの。
歌の生徒のMadeleine,
7年前のトゥールの
フランス語研修の時からの
留学生の友人、健司君、
Maisons Laffitteで乗馬をこなすAudile,
それから
我がピアニストMarc-Antoine,
その友人Cedricとその友人Isabelle,
ああ久しぶりにがやがやと皆で食べて談笑し、
おまけに花札をして遊んだ。

楽しかった。
2005年12月31日 (金)  大晦日

晦日も大晦日もおせち料理つくりに
明け暮れた。
ああなンテ楽しい。
この写真はシャンゼリゼではなく、
わが町メゾンラフィットの大通り。

クリスマスから年始までの
光の衣装。

エレガントでしょ?
2004年12月29日 (水)  クリスマスプレゼント

クリスマスの日、12月25日以来、私は調子がいい。
体も心も、仕事も楽しい。

25日の午後、イメージが湧き始めて、それ以来
なんだか知らないけど感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
神様は私に一番嬉しいプレゼントを下さった。

ほんとに毎日楽しいし、きちっとした生活が戻ってきた。

あとは、来年、誰かいい人とめぐりあえれば最高なんだけど。

精進にかぎる。このままで往こう。

欲張ってはいけないのだ。
さあ日本の年賀状は終わった。
明日からおせち料理とフランスの年賀状。
ファイト!
2004年12月28日 (火)  年賀状

今日午後4時に劇場の裏方さんSTEPHANEと打ち合わせの予定だったので、
どうしても出かける前に年賀状を書ききろうと思い、朝からがんばった。
住所変更のあった人や、手紙と一緒に他のものを送る用事がある人以外、
87人分書きあげた。
さあ、パリへ行こうと思ったら、STEPHANEから電話。
今日は寒いから、家から外に出たくないから、明日かあさってにしようよ?
うう。いつものこと。ここはフランス。
OK.あさってに変更。

でもパリに行くつもりだったあたしはやっぱりパリに行きました。
そしていつもの日本中華食材料超安マーケットに行き、大関一升瓶11€
大根、こんにゃく、納豆、さやえんどう、サトイモ、日本しいたけ、金柑
などを買いました。
クリスマスのプレゼントも買わなかったし、24日から27日まで一生懸命仕事したんだから、まあいいじゃん。でも色気がないなあ。
RER 高速列車でパリから帰ってくる時、かばんから大根とか酒とかが見えている、大して綺麗なカッコもしてない私の姿を鏡になった窓に見つけてちょっと
悲しいかなあ。

最近、道でナンパされなくなって久しい。
反省して、もう少し気をつけなくちゃ。
2004年12月27日 (月)  やっとクリスマスが終わった。

やっとクリスマスが終わった。
今日は朝から5人生徒を教えた。
年賀状と住所ラベルの印刷は終わってるのだが、封筒も買ってあるのだが
ダイレクトメールを作る気力が残っていない。うう。
明日こそ、終わらせて投函したい。たったの100通日本へ。
そして100通フランス内なのに、、、

明日こそ、、、

今日はおやすみなさい、、、
2004年12月25日 (土)  クリスマス

今日はクリスマス。
家から一歩も出ないで過ごす。
あ、違った。庭より先には出ないで過ごす。
来春の「つた姫」の書き直しが書けないので、
庭に出てバラの木の剪定をする。
それから溜まっていた洗濯をする。
その後寒くなって夕方まで2時間昼寝。

起きたら急にイメージが湧いてきた。ああ
ああ。こないだから電気消さないで寝ていたのに、
夜中に何度試みてもダメだったのに。
ダメだったのがやっと沸々動き始めた。かれこれ10日。
辛かった。

未だ全部書けたわけじゃないけど、今日はとりあえず
出だしの書き直しは出来たからよしとする。

続きはまた明日。よし。
2004年12月24日 (金)  Noel ノエル 7年目なのよね

今日はクリスマスイヴ。
一人生徒を教えて、お医者さんに行って検査を受けて、
そして、いつもと同じ一人の夜。
もう一人になって2年、、、いや元フィアンセがベルギーに行ってからは
一人だったから、かれこれ5年か?
外国で暮らして、仕事して、生活して、好きなことやって
100パーセント自分の時間で生きるってことは、
クリスマスもお正月も一人でも
仕方ないってこと。

夕方フテ寝してやろうかと思ったが、昨日買ったPINTADE
を焼かなくてはと思い直して、マッシュルームとホロホロチョウ
のビール焼きを作った。去年のクリスマスは好きだった子が
来てくれたんだっけ。同じ料理をしたっけな。でも去年は七面鳥だったけど。
だってホロホロチョウのほうが安いんだもん。

焼き終わって、夜8時に印刷用の紙が残り少ないのに気づき、
市内にふらふら出て行ったら、昔の日本の大晦日みたいに
ひっそりして、ほとんどの店が閉まっているので焦る。

普段入った事もないコンピューター関係の店がうっすら開いているので、
Monsieurに「A4の紙500枚80グラムの売ってください」と頼む。
思いっきりボラレて6€も払う。普通は2,3€なのに。。。

今日昼にスーパー行った時、何買いに来たのか忘れて、サラダ菜1.5€と
小さいフォアグラ2.2€買ったのを思い出す。

あああ何やってるんだろう。まあいいや紙は日本に送る「あっちゃん通信」
をこの2日で仕上げるためなんだから。まあ私へのクリスマスプレゼント。


みんな待っててね、モウジキ「あっちゃんパリをゆく14号」送るから。
2004年 12月22日  (水)   今日は亡くなった父方のおばあちゃんの誕生日

亡くなった人の誕生日を
覚えているのは変な感じ。
でも亡くなった日は忘れてしまった。

私は子供が居ないから孫も無く、
誰も私がばあちゃんの誕生日を
思い出すようには
偲んでくれないのだろうか?

昨日撮った舞台写真に
ばあちゃんの
面影を想う

あたしって
やっぱり日本人。
2004年12月21日 (mardi)  Photo de spectacle

Aujourd'hui Je ne peux pas
taper japonaise,
parce que il y a le probleme
de Yahoo jp.
Tant pis, je ecris en FR.
Aujourd'hui nous avons pris
les photos pour prepapre
l'affiche de spectacle.

Et Voila!
2004年12月19日 (日)  舞台に生きる

きのう、ESPACE-KIRONに2月のつた姫のチラシを置きに行った。
楽日のコンサートがあったのでそれを聞いて、そのお客さんにビラを
配った。演奏はとてもよかった。歌手のMIGUEL-ANGEは歌手で俳優で、作家で
プロデューサーだ。あたしとおんなじ。
2週間前のオペラガラコンサートで歌ったときは劇場じゃなかったので、
忘れていたが、私は劇場に行くとドキドキして、
ああここがあたしの住む場所
だと思う。
2月には私がスポットライトを浴びてあの同じ空間に漂うのだ。

脚本練り直さなければ。。。

写真は12月3日HOTEL DE VILLE DE PARIS(パリ市役所)でのコンサート。
聴きに来た方がEmail で送ってくださった。
ありがたい。
2004年12月17日 (金)  とりあえず

とりあえず「衝立の女」の演出をつけ終わった。
約35分の作品になった。
先週の土曜日から3回の稽古でギリギリ一杯だった。
来週、ちらし用の衣装付き写真を撮ったらあとは来年。

少しはプライヴェートを生きたい。

シャンゼリゼの写真でも撮りに行くか?
2004年12月14日 (火)  また稽古の日々

黄金の日々はほど遠く、稽古の日々が続く。
自分が歌うものは自分が頑張れば結果がでるけど、
演出の場合、相手がいるので、自分自身のようには行かない。
みんなそれぞれ違う個体なので、それらをまとめてゆくには、
自分の練習とは、また違ったエネルギーが要る。
ふう。

みんなよくもまああたしなんかに付いて来て下さる。

あさってまでに、衝立の女の演出をつけてしまいたい。

がんばろう
2004年12月8日 (水)  自由の代償

パリに来てから7回目のノエルがやってくる。
ノエルも年始もなんも予定なし。
一人で家にいるでしょう。
そして私の心はいたって穏やか。
だって空き放題自由に一人で暮らしていて、
仕事以外何にもないけど、それらは目に見えて前に
進み、次から次へと進展しているのだから、
今はこれでよしとしよう。
人間なにもかもは手に入らない。

そりゃあ、素敵な人と楽しいひと時を過ごすのは
ファンタスティックだけど、そうしたら今度は
私働かないもんね。創作なんて無理だもの。

ああ不器用なワタシ、、、
2004年12月6日 (月)  何一つ問題ない

頼まれた仕事に夢中になっている内にいつの間にか
冬が来た。本番週間が終わると、さてもう次の仕事に向かっている。
こんなに時間がどんどん過ぎて、次から次へと仕事に集中できるなんて
なんて幸せ。
生徒達もかわいいし、フランスで生きていくために何の問題も
無い。ただもうちょっとたくさん稼ぎたい。
冬のSOLDでマントを買いたいなあ。
今日は0度7度だったし。こないだ買ったマントは7年前ので、
もう擦り切れてシミだらけなのよね、、、
頑張ろう。
年末年始にいいことありますように。アーメン
2004年12月4日 (土)  祭りの後

昨日、2回目の本番が終わった。
パリ市役所で、500人以上のお客さんが
入った。
TELETHONというハンディキャップの人達を助けるための
催しの一環で、入場料は10ユーロと、前回より6ユーロ
安く、場所柄なんだかスノッブな雰囲気だった。
テレビフランス2が収録に来ていたが、結局
放映されたのは2分ぐらい、合唱とオケがファウストのワルツを
演奏しているところで、私の歌は無かったが、楽譜を持って
立っているところは何度も映った。なんだか変なの。
まあいいや。

久しぶりにホッと一息もつかの間。
大使館公演に向けて演出を練り始めた。
さっきくたびれて寝ちゃったので、今起きてきて、
これ打ってます。
さあまた新しい舞台を作ろう!
2004年11月30日 (火)  飛ぶがごとく

毎日が飛ぶがごとく過ぎてゆく。
こないだの本番の日の次の日は合唱団とオーケストラの人達の
創立10周年記念パーティーに出かけてゆき、マーク−アントワーヌ
の生のピアノでみんなでワルツを踊った。
日曜日は洗濯掃除に明け暮れ、昨日は生徒を教え、
今日は朝、劇場で上演するための資格(興行権)を取得するため、
国の機関にゆき、それから日本大使館、そして新しい照明家と会って
次の公演のプランを練り、帰ってきて一人縦笛教えて、
来年2月のつた姫のチラシの原稿にダメを出し、1万枚つくることに決定。
12月3日の金曜には刷り上る。
それから1時間自分の歌の練習して、
ふう、今21時30分、これからカレーうどん食べます。
2004年11月27日 (土)  無事1回目のコンサート終了

昨日の、ST MARCEL教会での本番は大盛況のうちに無事終了した。
花束を頂いて歌手であることを実感。
お客様はなんと550人もいらしてくださり、アンコールを2曲演奏しても
拍手なりやまず、最後はお客さんと一緒に全員でアイーダの行進をラララで大合唱した。
こういうところがとってもフランス的。乗りがいい。
本番終わって23時、それからご飯食べに行って、朝3時半にやっと
ピアニストのマークアントワーヌの家のソファーベットに潜り込んだ。
マークアントワーヌが日本で本番の時は私の実家に居たように、パリで本番の時は、お邪魔して、次の日の朝までは居候。
10時までぐっすり眠った。
不思議なフランスレストランは朝3時まで営業。ちゃんと食べられる。
みんなはお肉を食べてたけど、私は牡蠣が食べたかったので、
スペシャルNo3を9個一人で食べて大満足。デザートはりんごのグラタン。

ああ楽しかった。
2004年11月25日 (木)  明日本番

月曜日にうまくいったのに、今日のゲネプロは今一だった。
音的にはちゃんと歌ってるんだけど、初めての場所で、音響に慣れなくて
ちょっと苦労した。近代的建築の教会で、録音スタジオみたいに
クリアにすべての音が聞こえるので、ちょっと怖い感じ。
前半のプログラムが終わるころはだいぶ慣れたけど、今度は好きに歌うと
オケがついて来れない。
指揮者を見つめ続けて歌わねば。
問題は演奏スペースが十分にないので身動きが取れない!
万難を排して明日は心機一転音楽に集中して歌おう。
2004年11月23日 (火)  調子は上々

きのう、オーケストラと合唱とTUTTIで合わせをした。
19時にはじめて終わったのが23時過ぎ。
200人もの合唱やオケの人々に拍手喝さいを頂いて、
ひさびさにああ劇場はいいなあ。舞台の仕事はやっぱり
やめられないなあと思う。

木曜日にゲネプロ。
金曜日本番!

さあ、楽しくなってきたぞ!
2004年11月21日 (日)  無題

電話が復帰した。
あたしも復帰する?
どこへ?
昨日と今日の区別がつかないようなWEEK-ENDだった。
でも今日は一人生徒を教えたんだから、働いたよ?
ありがたいことだ。
あたしは音楽と芸術以外なんもできないけど、
これがあるだけよかったと言える。
生徒に言われてハッとする。
「だって先生他の仕事なんて出来ないじゃないですか?」
その通り。能力的にも、精神的にも、ほかの事なんて
できないんだから、同じ道をやっぱり歩いていくのかな?

とほほ
2004年11月18日 (木)  仕事、友達 お金、自由

今日は5つRENDEZ-VOUSがあり、さすがのあたしも疲れた。
まず朝一人生徒を教えて、デザイナーにCD渡しに行って、
ピアニストと合わせをして、日本大使館に行って、
それから最後に、26日本番のコンサートのため100人の合唱団
と指揮者と合わせをした。
まずまずのできだった。大勢の人と一緒に仕事できるって凄い。
すごく楽しかったし、なんといっても満足感に浸りながら、
今これを打っている。お粥すすりながら、、、、

持つべきものは友。
あたしは本当に友達なんてほとんど居ないんだけど、
誕生日にダンボール一杯インスタント食品送ってくれた13年来の友、
そして、「欲しいっ」て言ったら、すぐにSONYの夢色空間旅情編を
送ってくれた20年来の友、ホンとに何年に1回しか会わなくても
気持ちが通じる友が居るなんて幸せ。

いい日旅立ち、知床旅情、遠くへ行きたい、、、ETCを
聞きながらこれを打っている。

お金稼げないから、3日前から電話はかけられなくなった。
受ける事は出来るから、まあいいや。ADSLだからNETは大丈夫だし。

自由に生きるって、しみじみ貧乏覚悟だけど、
やっぱり悪くないかも。あたしはがんばってっからさ、
今日みたく、いいこともあるさ。

写真はこないだ行ったヴァカンス先のブルジェ湖。
ははは、だから電話止まったのさ。
あたしは携帯もテレビも持ってないけど、コンピューター
持ってるから、大丈夫。何が?
2004年11月17日 (水)  水曜日はフランスの小学校はお休みです。

水曜日はフランスの小学校はお休みなので、
生徒達がピアノや笛を習いに来ます。

練習してこない子をなだめすかしたり、
一緒にチョコレート食べたり、上手になった子
に目細くしたり、朝から夜まで、子供達と過ごします。
7,8人ですが、3年前から教えてる子、今年からの子、
気の強い子、内気な子、ぐうたらな子、
みんな私の顔をじっとまっすぐに見ます。

彼らの音楽に慰められている私を発見して、
儲からないけど音楽で生きてるって
やっぱり嬉しいなと思う。
2004年11月16日 (火)  明日はわが身

何故、昨日映画なんか観に行ったのか自分でも解らない。
今日、電話が止まった。払うまで掛けられない。銀行もいきなり
マイナスになって驚いた。いやこうなるのは解っていたけど
あたしだって生きなくっちゃならないんだから、
まあやけくそか。
さてまじめな話。もっと稼がなければ暮らしていけない。
いけてない。

ああ本当にイヤになる。これじゃ子供と同じじゃない。
生徒を増やさねばいけない。

一人でお金稼ぐってホントに大変。あたし
何の仕事でも出来る滞在許可証あるんだから、
働けるのよね。でも働きに行く私が居ない。

私はもう限界よ。これ以上何を出来るっていうの?


今は来週の本番に身を入れなければいけないのに。
2004年11月15日 (月)  誰も知らない

今朝、生徒のキャンセルの電話があったので突然映画を観に行った。
カンヌ映画祭にも出展していた是枝監督の「誰も知らない」
2時間半の長い映画だったが、外に出た時、パリのオペラ座の側で、
どうしようもない気持ちになった。
現実に簡単に戻れなかった。
そして今日は映画一本のために一日つぶしてしまった。
泣けて、泣けて、泣けた。
私の世代のひとはこれを見て何を思うのだろうか?
女子大生が花形で、もう頬杖はつかないなんてウソぶいて、
自由恋愛だ、独立だ、シングルマザーだ、ニュートラだ、
ハマトラだ、ヴィトンだシャネルだなんだかんだ、、、。
何不自由なく育って、普通のお父さんお母さんになれなかった
同世代、そしてその子供たちはさらに時代の犠牲といって
片付けれられない重い社会をひきづって生きているのか?

作品を創る側としては、非常に考えさせられた。
私もきちんと地に根の張ったテーゼを掲げたい。
大変なテーマをよくもあんなに美しく描いたものと思う。

あきら達のような子が2000年の日本に320人居たと言う。
頑張って欲しい。未来の日本はこの子達が作るのだから。

映画を観てから半日経ったのに思い出すとまだ涙が止まらない。
仕方ないから泣きながら寝るとしよう。

誰だって幸せになりたい。でも幸せって何?

電気代、水代、家賃、電話代、税金、社会保険、
年金、順番考えないでいつも払えるようにあたしも
なりたい。これが幸せじゃないの?

いや違う、何に満たされてないのか?

貧乏はそんなにつらい事じゃないけど、
限度があるんだよね。愛なんてそこらで100円で
売ってないからね。


この宇宙の中で、みんなひしめき合って必死に
なって生きているの。あなたも私もその一人でしか
ないのよね。
2004年11月14日 (日)  朝顔の種

この夏に咲いた朝顔の種がモウジキ収穫できる。
パリは今日は昼でも6℃。
久しぶりに陽が射して、朝顔の種が乾き始めた。

立派な種でしょう?

自然ってすごいなあと思う。
あたしは朝顔とともにパリに7年。
毎年、
種まいて、
水やって、
花咲いて、
種できて、
種とって、
来年まで部屋で種と過ごす。
来年になったら、
また種まいて、、、、

そうして
あたしが死んでも
誰かが続ければ、
ずっとこの暦を
繰り返せるのかしら?
永遠に?
2004年11月11日 (木)  Victoire de 1918 フランスは祝日なり

今日は旗日。その昔第1次世界大戦でフランスは
大勢の戦死者を出した。その戦争の終わった日だそうで。
日本は最近、旗日の日を決めないで、日月と連休になるように
第何月ようびが何とかの日になっているとか? 
違ってたら誰か訂正して!
日付とか、思い出とか、意味とか、そういうものは
価値観の変化と多様性によって磨耗していく。その中で
古来、先達がこだわっていた物が、角が取れて丸くなって
しまいには失われていく。
時代感がなければ、その時代に生きる人々にアピールしない。
しかし、目の前に居る人々も私もいつかは消失していくのだから、
それなら、この世に何を残さん?
まだ何もしていないじゃないか、私は?

古典はすごい。何世紀もの間この価値観の変化にも
耐えて人々に語り継がれているのだから。

浦島太郎、泣いた赤鬼、つた姫、そして衝立の女、
みんな今でも生きている。主人公は貴方かもしれない
可能性が、普遍性につながる?

今日は旗日だけど、私は仕事。
与謝野晶子の詩の仏訳に行く。
モウジキ、AUJOURD'HUI POEMEというフランスの詩の
新聞に載せるので、頑張らねば。

日本発の文化を世界に伝えたい、分かち合いたい。

ファイト!
2004年11月7日 (日)  Mon bureau 私の書斎

今日は11月最初の日曜日。
雲の合間から少しだけ水色の空が見える。
テーブル兼、デスクである私の書斎の机に向かい
椅子に座る。いつもと同じ角度で同じ位置なのに、
実は窓一杯に外が見えて、空も見えるのに気づく。
こんなにたくさん空が見えるなんて幸せ。
次の本番は11月26日、PARISの教会、そして
12月3日はパリ市役所にて、
オーケストラと合唱つきで
オペラアリアを7曲歌う演奏会。
さあ、カーテンも洗ったし、暖房機も掃除したし、
仕方ない。
さあ、暗譜しなければ、、、、、、、

うう、いついつまでも受験生みたい。
さっさと覚えて楽になりたい。

さあ始めよう。
2004年11月5日 (金)  脚本書き

書かなければならないのに書けないでいた3本の脚本の内、一つを昨日今日で書き上げた。満足。久しぶりの集中力。飲み食いもほとんどせずに一気に書いた。大学院の時の修士論文を思い出した。あたし書くの好きなんだな。
さて書き上げて、夜の8時過ぎ、パリまで行って演じる子に渡したかったけど、「今は他の友達と一緒だから明日にしよう」だって。つまんないの。
あたしは朝の4じまで寝ないで考えて書いてるのよ。作品が生まれたこの瞬間に他のやつなんか捨てて、あたしに会わないでか。バカ。

誰かあたしをちょっとは褒めてよ。頑張ってるじゃない。すごいじゃない。
いい作品だと思うわよ。
2004年11月4日 (木)  Petits vacances

Aix les bains というアルプスの麓の温泉に行ってきた。3日間は極楽
だった。帰りの電車の中でまた咳きが出はじめ、今も咳きが止まらない。
うう苦しい。でも頭は相当リフレッシュして軽くなった。もう少し
休みなさいという神様の思し召しと解釈しておとなしくしていよう。
3週間のサボりのつけは大きいが仕方ない。
咳きがとまるまでは歌えない。
2004年10月29日 (金)  休憩 REPOS!

先日の本番「日本の歌とお話」が終わってから、約2週間ほとんど建設的な
仕事をしていない。生徒を教える以外はただいま休憩。
他のフランス人みたくヴァカンスに行く事もなく馬車馬のように
奔走すること2年。やっぱり少し休まないと先に行けない。
なんちゃって言い訳しながら、日曜日っから3日間出かけてきます。
じゃあね

たぶん水曜日にはここに戻ってくると思う、、、

バイバイ
2004年10月24日 (日)  日曜日

誰にも会わない、どこにも行かない。
日曜日。
ひたすら眠り、ちょっとだけ脚本書き。
だんだん私の体が戻ってくる。
私のものに。
さてもうちょっと寝て、
明日は歌い始められるかな?
今晩は豚肉のしょうが焼きを作って食べるぞ。
あしたげんきになーれ。
2004年10月22日 (金)  Il fait beau ! いい天気

待望のXXXXユーロが私の銀行口座にやってきた。
ほっと一息。これで私の口座はプラスになった。
のもつかの間、一緒に仕事した皆様に払うのですがね。
それと家賃と。

やれやれ。今日は秋晴れ。いい天気。
Bon Week-end !!!
2004年10月21日 (木)  正直もんはバカを見る

土曜日の本番はホントに良かった。
あたしゃ本当に良く働いた。
だのに何故、報酬はまだ支払われないのか?
契約書では16日に払われるはずだったのに。
市役所の人は明日払っても、来週払っても
誰も困らない。
あたしは困る。
あたしの銀行の口座はパリの冬の気温みたく
Oを中心にしてプラスだったりマイナスだったり。
もちろん預金は無い。
このままだと寒さで闘志じゃない、投資じゃない
凍死してしまう。

神様は透視しているでしょうか?


鶴の恩返しの羽がなくなったら、鶴はもう飛べない。
お願い。約束は守って。働いた人に幸をください。
2004年10月19日 (火)  お誕生日なの

今日は私の誕生日。
母が日本からの電話で
HAPPY BIRTHDAY TO YOU!
を歌ってくれた。
ありがたい。
この世に生まれて嬉しい。
今生きている幸せ。
この日に感謝。
2004年10月17日 (日)  満員御礼大成功

昨日のContes et chants du soleil levant、「日本の歌とお話」公演はお蔭様で満員御礼大成功。 150人あまりの方々が観に来てくださった。
太郎役のRyutaも赤鬼のMaximeも、ピアノのMarc-Antoineもみんなとっても良かった。お客さんも大喜び。図書館の主催者も大喜び。
ああやっぱりがんばった甲斐があった。
このメンバーで是非日本公演もしたい。フランス人が日本語でやる浦島太郎
なんていいと思うけど、どう?
2004年10月15日 (金)  つたに降る雨

先週の土曜日にシャイヨ劇場で、歌舞伎を観た。ほぼ満員の初日。
すばらしかった。近松ものの純情心中、襲名披露、獅子舞、どれも
ほんとうに良くって、泣きそうになった。劇場を出た後
酔っ払った気分になった。歌舞伎に酔えた幸せ。
その日は午後に浦島の試しゲネプロを終えていたので、やれやれという
気分もあり、日曜日から風邪をひいてしまった。

情けない。

今日だいぶ良くなって、森につたを採りに行った。
夜になってまた雨が降り始めた。
庭のバケツのつた姫のつたに雨が降る。

明日は本番前日。本ゲネプロ。
気を入れて行こう。

雨に打たれてもっと謳え、私のつたづた。
2004年10月6日 (水)  秋晴れ

La vie est belle!
今日は秋晴れ。浦島の通し稽古も順調。

昨日から芸大時代からの歌の師匠がパリにいらして、
夜ご飯をご馳走になった。
イエーイ。生牡蠣と鴨のオレンジソースとチョコレートサンデーを食べた。
ああ満足。

今日は中華の食べ放題10ユーロで大変満足。
女心と秋の空とはよく言ったもの。
天気がよけりゃあたしも機嫌がいい。
人生悪い日ばかりじゃない。
2004年10月4日 (月)  冷奴 なっとう

先日いつだったか、とても落ち込んで、毎度ながら死にたくなりました。
でも、そういう時は私の場合は食べるに限るので、土曜日にパリへ日本食を買いに行きました。豆腐一丁180円、納豆一個120円、冷凍餃子、カレールー、ブルドックソース、なめたけ、そば、うどん、せんべい、エトセトラ、全部で28ユーロ。だいたい3000円。1週間はこれで行く。バカみたいだと思うでしょ。これらは貴重な日本食。年に3回くらいしか買いません。冷奴にショウガをすってしょうゆをかけて食べる。 なっとうをお母さんが送ってくれた日本のお米を炊いて食べる。これはフランス料理の何とか星よりも切実にわたしの命を救います。そしてお腹が空いてるけど、本番2週間前。家賃、電気代、電話代、ピアノ借り代、稽古場代。これらを払って、さらに元気に16日の本番を迎えなくては。

ああ誰か私をお腹一杯たべさせて。
2004年9月30日 (木)  一年経った

去年の「つた姫」初演からなんと1年経った。
2003年10月1日は、生涯忘れえぬ日だ。

そして2作目の「日本の歌とお話」の上演予定は10月16日、そして
2005年1月。また「つた姫」再演は2005年2月22日から26日。

石の上にも3年。いやパリの郊外に6年。あたしもはや景色のなかに
入り込もうとしている。

休みたいけど、休めない。苦しいけど楽しい。

ああアタシッテどうして何時までもこうなのだろう?
2004年9月26日 (日)  ふゆ

秋の日は短く、昨日はホントに寒くて、初めて暖房を入れた。
まだ9月なのに、、、電気代が掛かるけど風邪ひく訳にもいかないし。
うう。今朝は外は10度、部屋は25度。ちょっと部屋の温度が高すぎるから
下げて慣れなくては。
アソシエーション 「カンパニー プランセス りエール」
の借り許可証が来た。
これで活動開始することが出来る。
そして、パリ日本大使館から電話があり「日本の歌とお話」を1月に上演してくださいとのこと。嬉しい。
やることいっぱいあるけど、まずよく寝て、生きてくのに必要なだけ
食べて、そしていい作品を創ろう。
2004年9月23日 (木)  秋分の日 Compagnie Princesse Lierre 

アソシエーションを立ち上げる書類の申請が受理された。
10日以内に借り許可証が来る。
それから、パリ市とフランス国とユーロ共同体に援助金の申請をするのだ。
稽古場を持ちたい。稽古のたびに、場所を借りるのはホンとに大変。
でも竜太もマキシムもマークもみんなとっても楽しく稽古してくれるので
あたしもやりがいがある。
でも責任もあり、ちょっぴり肩がこるるるるr。

ああ皆様が、見に来れたらいいのに。。。
2004年9月19日 (日)  日曜日

今日はメゾンラフィット市のブロカントだった。
これは住んでる人も商人も誰でも何でも路上で売っていい日。
古着、CD、本、雑貨、家具、電話。。。
道路は歩行者天国で、大学の学園祭みたいにみんな適当に売ったり買ったり。
あたしは今日は何にも買わなかったけど、一杯人が居て、その中を歩いて
なんだか楽しかった。

あしたは芝居の稽古5回目。10月の16日の本番まで一カ月切った。

よし落ち着いていこう。
2004年9月16日 (木)  滞在許可証 10年カード

フランスに住んで6年。
7年目の今日、県庁で10年カードをもらった。
しみじみ嬉しい。
この6年間、山あり谷ありそりゃあ大変だった。
税金の申告はしてるけど、サラリーマンみたいにたくさん納税できないから
フランスの国にとっては、あんまり有難くない移民だと思う。
でも、ここはフランス。私はアーチストだから?
ここに居させてもらえる事になった。
2014年までのカード。失くさないようにしなくちゃ。

日本とフランスの中間あたりに今あたしは住んでいる。
フランス人でもなし、日本人でもなし。


あたしはだーれ?
2004年9月13日 (月)  浦島太郎

次の本番、浦島太郎の太郎役、RYUTA と
赤鬼 Maxim それに乙姫のあたしでーす。

本番は10月16日土曜日です。
St.Ouen l'aumone の市役所のホール
に遊びにいらしてね。
2004年9月10日 (金)  朝顔が24輪咲いた

今日は朝顔が24輪も咲いた。
午後からは赤いバラも一輪咲いた。

8月に東京から戻った時には枯れ庭同然だったので
ここまで快復して、世話した甲斐があったというもの。

あしたは芝居のお稽古2回目。
気合を入れていこう

エイエイ オー
2004年9月8日 (水)  あつい

9月に入ってパリは晴天が続いて、昼は暑いくらいです。
6日、月曜日にエスパスキーロンの2004−05演目紹介に出演し、久々の舞台
に立ちたったの2分でもとっても気分がよかった。

カクテルではこれまた久々にシャンパンを飲み、フォアグラを
食べてご機嫌・・・!

悲しいかな マテリアルガール?
2004年9月4日 (土)  近代能楽集

今日、パリ往復のメトロの乗り降りで、
大切にしてた赤い石が花のようにあしらってある
ブローチを失くした。
わたしが12歳の時に、父方のおばあちゃんが
くれた宝物だったのに。


近代は既に遠い。
三島由紀夫の近代能を演出するなら、現代に生かさなければ。
もしかしたら、演出の仕事をするかもしれないので、
フランス語訳の近代能楽集をもとめた。


最近いろんなものが壊れたり、失くしたり。
新しいものが入ってくる予兆と見たい。